お知らせ
VEGF阻害薬の効果は劇的であり、眼科臨床において硝子体内注射の件数が非常に増加しています。これまでわが国で承認されてきた多くの眼科用VEGF阻害薬の添付文書では注射前後の抗菌薬点眼を投与することとなっていました1)。しかし、抗菌薬使用による耐性菌問題、および、抗菌薬点眼によりVEGF阻害薬の硝子体内注射後に感染性眼内炎を予防できるエビデンスが乏しいことが認識されてきました。
耐性菌の問題について整理すると、近年、不適切な抗菌薬使用により耐性菌が増加しており、WHOや日本の政府が不適切な抗菌薬の使用を減らすように呼びかけています2, 3)。眼科領域でも大きな課題として取り上げており、2020年に日本化学療法学会/日本外科感染症学会より発表された「術後感染予防抗菌薬適正使用のための実践ガイドライン」には眼科領域も含まれ、「白内障手術などの内眼手術時における周術期での抗菌薬点眼の有効性については、フルオロキノロン系点眼薬を中心に多く報告があり、ほとんどの術者や施設でも行われている。しかしながら、術後感染症の予防における抗菌薬点眼の無作為化比較対照試験、メタ解析、systematic reviewは少ない。」と記載されています4)。さらに、眼科領域のサマリーの表には、「術後における点眼に関しては、未だその適応や投与期間に関するコンセンサスが得られておらず、勧告は行わない方針とした。」と付記されました。できる限り安全にVEGF阻害薬の硝子体内注射を行うため、2016年2月に発表された「黄斑疾患に対する硝子体内注射ガイドライン」では、適応疾患と国内承認薬剤、硝子体内注射方法(必要物品から具体的な注射手順まで)、合併症の3項目に分けてわかりやすく簡潔に記載されました1)。このガイドラインで、注射前後の抗菌薬点眼使用については、「欧米のガイドラインでは、周術期(術前、術中、術後)における広域抗菌薬の常用については十分なエビデンスは存在しないと報告されている。・・・臨床的判断のもと、個々の患者にとって最適と思われる方法を選択すべきである。」と書かれています。また、過去の海外の報告では、VEGF阻害薬の硝子体内注射を、抗菌薬投与は行わず5%ポピドンヨードを用いて行い、注射施行前、施行3か月後の結膜嚢培養における表皮ブドウ球菌の薬剤感受性の相違について検討したところ、抗菌薬の感受性は注射前後で有意差はみられず、経時的変化では結膜嚢環境に変化を及ぼさなかったと報告しており5)、その結果より、抗菌薬を使用しなければ結膜嚢の環境を変化させない可能性を示唆しています。本邦からの報告では、抗菌薬を使用せずにPA・ヨード点眼を用いて1090例4093回の硝子体内注射を施行したが注射後の感染性眼内炎の発生頻度は0%であったとの報告もみられます6)。
感染性眼内炎の予防効果について整理します。過去のreview article7-9)を調べると、硝子体内注射前後における抗菌薬点眼は感染性眼内炎を予防する効果はない、抗菌薬の使用の有無で注射後の感染性眼内炎の発症頻度に有意差はみられなかった、等の海外のエビデンス報告が増加しています。また、本邦から報告された2つの研究では、抗菌薬使用の有無で、眼内炎発症頻度に差がないことも報告されました10,11)。もし抗菌薬点眼効果についてあえて論理的根拠を考えるとすれば、VEGF阻害薬の硝子体内注射においては、注射針の刺入部からの細菌の侵入の可能性はあるが創部を伴うことはないため、注射後の抗菌薬投与よりは注射前の処方のほうが少しは理にかなっていると述べています7-9)。注射後の感染性眼内炎の発症率は、注射直後や注射後5日間の抗菌点眼薬の投与群のほうが抗菌薬点眼をしない群に比べ高率だったとの報告12)や、現在、本邦における硝子体内注射後の感染性眼内炎の発症頻度は0.01~0.16%と白内障手術後の眼内炎より発症頻度は少ない傾向にあり11)、また、日本国内での多施設研究では0.038%と報告しています13)。
このような背景で、約10年前の海外のガイドラインでは、通常の患者において、VEGF阻害薬硝子体内注射前後の抗菌薬点眼薬を使用しないことが推奨されています。2013年2月American Academy of Ophthalmology(AAO)のChoosing Wisely指導文14)において、”Don’t routinely provide antibiotics before or after injections into the vitreous cavity of the eye.”と呼びかけられ、Vision Academy15)やAmerican Society of Retina Specialists(ASRS)16)からも同様の内容のガイドラインが発出されています。VEGF阻害薬硝子体内注射の施行毎に抗菌剤を点眼された患者の結膜嚢および鼻粘膜常在菌は耐性を獲得しやすいとの報告17)や、術後眼内炎予防には抗菌点眼薬投与を行わないで術直前のヨード洗浄が有効で18)、周術期にヨード製剤をという動向もみられます。現状、本邦においては、硝子体内注射の感染予防目的の抗菌薬使用の有無は施設によりさまざまで、一定の見解に達していません。
上記のような現状を受け、VEGF阻害薬硝子体内注射前後の抗菌薬点眼処方について、本学会より次のように推奨します。
- 注射前の適切な消毒および推奨されている注射手順を守る(日眼誌120:87-90, 2016
(黄斑疾患に対する硝子体注射ガイドライン)を参照)。 - 通常の患者(感染症のリスクが高くない患者)には注射前後の抗菌薬点眼を使用しなくてもよい(1を遵守していれば抗菌薬点眼は原則不要であり、耐性菌の問題から抗菌薬は使用しないことが推奨される。)。
硝子体内注射時の抗菌薬ワーキンググループ
喜田照代、秋山英雄、安川力、辻川明孝、岡田アナベルあやめ
参考文献
- 1) 小椋祐一郎, 髙橋寛二, 飯田知弘; 日本網膜硝子体学会硝子体注射ガイドライン作成委員会. 黄斑疾患に対する硝子体内注射ガイドライン. 日眼誌120:87-90, 2016
- 2) WHOの抗微生物薬耐性対策
https://www.who.int/groups/one-health-global-leaders-group-on-antimicrobial-resistance - 3) 厚生労働省の薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000120172.html - 4) 【脳神経外科および眼科】術後感染予防抗菌薬適正使用のための実践ガイドライン(追補版). 日本化学療法学会雑誌68:310-320, 2020
- 5) Hsu J, Gerstenblith AT, Garg SJ, et al. Conjunctival flora antibiotic resistance patterns after serial intravitreal injections without postinjection topical antibiotics. Am J Ophthalmol. 2014 Mar;157(3):514-8.e1. doi: 10.1016/j.ajo.2013.10.003.
- 6) 永井和樹, 松本英孝, 森本雅格, 他. 抗菌薬を使用しない抗VEGF薬硝子体内注射の安全性. 眼臨紀11: 688-693, 2018
- 7) Sigford DK, Reddy S, Mollineaux C, et al. Global reported endophthalmitis risk following intravitreal injections of anti-VEGF: a literature review and analysis.
Clin Ophthalmol 2015; 9:773-781.(Review) - 8) d’Azy CB, Pereira B, Naughton G, et al. Antibioprophylaxis in prevention of enophthalmitis in intravitreal injection: A systematic review and meta-analysis.
PLoS ONE; 2016:11(6):e0156431 - 9) Hunyor AP, Merani R, Darbar A, et al. Topical antibiotics and intravitreal injections. Acta Ophthalmol 2018; 96:435-441(Review)
- 10) Tanaka K, Shimada H, Mori R, et al. No increase in incidence of post-intravitreal injection endophthalmitis without topical antibiotics: a prospective study. Jpn J Ophthalmol 2019; 63:396-401
- 11) Morioka M, Takamura Y, Nagai K, et al. Incidence of endophthalmitis after intravitreal injection of an anti-VEGF agent with or without topical antibiotics. Sci Rep 2020; 10:22122
- 12) Cheung CSY, Wong AWT, Lui A, et al. Incidence of endophthalmitis and use of antibiotic prophylaxis after intravitreal injections. Ophthalmology 119: 1609-1614, 2012
- 13) Inoue M, Kobayakawa S, Sotozono C, et al. Evaluation of the incidence of endophthalmitis after intravitreal injection of anti-vascular endothelial growth factor. Ophthalmologica 226:145-150, 2011
- 14) Avery RL, Bakri S, Blumenkranz MS, et al. Intravitreal injection technique and monitoring. Updated guidelines of an expert panel. Retina 2014; 34:S1-S18
- 15) Vision Academy Viewpoint. Use of topical antibiotics with intravitreal injections. Sep. 2016 downloaded from:
https://www.visionacademy.org/recommendations-and-resources - 16) Lam LA, Mehta S, Lad EM, et al. Intravitreal injection therapy: Current Techniques and supplemental services. J Vitreoretin Dis 2021; 22:438-447.(Clinical practice guidelines)
- 17) Sakisaka T, Iwasaki T, Ono T, et al. Changes in the preoperative ocular surface flora with an increase in patient age: A surveillance analysis of bacterial diversity and resistance to fluoroquinolone. Graefes Arch Clin Exp Ophthalmol 2023; 261:3231-3239
- 18) Bhavsar AR, Glassman AR, Stockdale CR, et al. Elimination of topical antibiotics for intravitreal injections and the importance of using povidone-iodine. Update from the diabetic retinopathy clinical research network. JAMA Ophthalmol 134: 1181-1183, 2016